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「労働政治」 [評論]

久米郁男著「労働政治」(中公新書)読了.労働組合に関してアクセスしやすい書物が非常に限られている中で,非常に勉強になる一冊だった.一方,12年前の出版という「古さ」もあって,著者の個人的主張に関しては素直に首肯しかねる部分があった.以下素人の身勝手な感想を書く.


労働政治ー戦後政治のなかの労働組合 (中公新書 (1797))

労働政治ー戦後政治のなかの労働組合 (中公新書 (1797))

  • 作者: 久米 郁男
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2005/05/26
  • メディア: 新書


どこに一番違和感をおぼえたかといえば,労働運動は経済合理性と労働組合主義(=政治的課題に過度にコミットしない)に基づく,コーポラティズム路線が理想だというテーゼである.そうはっきり書かれてはいないが,明らかにこれこそがこの本を通底する観点である.

著者の「左翼」に対するおそらくは学術的ではなく個人的な嫌悪感を反映したような表現も散見される.共産党の労組引き回し,総評と社会党左派の硬直した教条主義の描写(ほとんど批判とも読める)に文字数を多く割いている.

その一方,80年代中曽根が推し進めた行革に際しては,民間労組,なかんずく同盟系の労組がこれに積極的に協力したことによる国鉄・電電公社・専売公社の民営化を含む行財政改革の「成果」を手放しに称賛しているのである.したがって著者は労組右派にはっきりと肩入れしているといってよい.

その自然な帰結として,共産党系単産は合流しなかったものの,左派的な主張を強く持つ官公労が合流した連合では,80年代に比べると左傾化,政治化しその果実を失ったと分析している.

そもそも,連合結成時,同盟など民間を中心とする右派労組は,来るべき統一されたナショナルセンターからいかにして共産党系単産を排除(!)するか,また,経済合理性追求のもと,資本や政府と協力していく体制を左派系労組にいかにして飲ませるかということに苦心したと書かれているが,その書かれ方は,ついこの間見られた「共産党を除く野党の結集」だの,小池新党と民進党右派による「排除」だのとそのまま2重写しになるようで面白い.今日連合に支えられた非自民勢力右派の態度というのはそういう意味で何十年も一貫したもので非常に根深いとも思える.

しかし,労使協調が経済合理的であるという見方が成り立つのは,そもそも,多くの労働者家計が終身雇用・年功序列制度下の正社員雇用の労働者の収入で支えられており,なおかつ,日本の企業,なかんずく大企業の収益改善の余地があり,そのおこぼれにあずかる形で労働者の収入や国民生活の改善が図られることが相当の蓋然性をもって予見できるようなコンテクストに限ってのことである.

今日多くの国民に明らかなように,現状の日本企業の経営体制が収益の抜本的な改善が見込めない状態である中,労働組合が資本側と「協力」して状況の改善を図ろうとすれば,労働者側はより多くの妥協を迫られることは明白であり,しかもそれは無駄に身を切ってやせ細っていくようなものである.

小泉政権の進めた「改革」の後,非正規雇用が急増し,格差社会の問題が提起される今日においては,企業で正社員として働く労働者はある種の特権を享受する一団をなしており,その利益はもはや一種の特殊利益であることがますます明確になっている.

法人減税の一方で個人の収入や消費への課税がますます強化されている今日,労使協調路線,またその延長上にある,政府政策への連合の協調姿勢が本当に国民生活の向上に資するものなのか大いに疑問がある.

そもそも,80年代民間労組の構成員がほぼ専業主婦を妻に持つ男性であり,今日的な視点で見ればそれ自身性差別構造を内包した特殊集団であり,そのカルチャー自体がすでに時代遅れであることも看過できない.

労働者が団結してその利益を守っていくことは極めて重要であり,そのような姿勢の欠如それ自体が日本の政治的な危機の一つの源泉であるように思うが,一方で,既存の労働団体のとる路線が疲弊し時代に合わなくなっていることについて,新しい労働運動・労働政治のあるべき姿を私たちは模索すべきだと感じた.

蛇足だが,あとがきに「サントリー文化財団,松下国際財団の研究助成を受けた」と書かれているのを見て,あ,やっぱりね,と.社会党や共産党の批判はたくさん書いているのに,民社党については,その名前が1度2度でてきただけで,具体的記述は一切ない.労働右派の政治的な振る舞いに関して論じるには,民社党に関する批判的分析が不可欠なんじゃないの?その点は極めて物足りない.

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